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作・留めめめ。

 

「僕も高校の時吹奏楽部でパーカッション担当だったんですよ。一緒ですね。」彼は私の気持ちを悟ったかの様に少し切なそうな笑みで見つめてきた。 届かない。

 

午前九時、珈琲が飲みたくなって行きつけのカフェに向かい、いつものウインナーコーヒーを口にする。ピアノの音色がふと耳に響く。

「そういえば彼は元気にしているのだろうか。」

 

一年前の事、私は五年間片想いし続けた人に遠まわしに振られ自暴自棄に陥っていた。

仕事も転職した。経験した事のない仕事だったから苦戦したが何とか続けた。

そんなある日の事、彼と出逢った。

いつも上司に怒られていた私が久々に褒められた日、嬉しそうにいつも一緒に帰る同期に自慢していたあの日の事、「え!すごいですね。」と後ろから声が聞こえた。

私よりも一回り背が高く、澄んだ瞳でこちらを見ていた。

「誰だろう。」と思いつつ「ありがとうございます。」と言葉を交わす。

 

次の日、いつもの様に同期と帰宅しようとエレベーターに乗ると彼も乗ってきた。その次の日も気がついたら一緒に居た。別に嫌でもなかったので一緒に帰った。

誰なのか気になったので仲の良い先輩にそれとなく聞いた。職場の中でも一番仕事のできる人らしい。高校生の頃吹奏楽部だったらしく、社会人になってからも子供達に楽器を教えてあげているみたいだった。

 

きっとその時から私は彼の事が好きだったのかもしれない。

 

残業になった日、たまたま彼も残業だった。いつも一緒に帰っている同期に「今日残業だから先に帰ってて。」と言いつつどうにか何か彼と話したいと思った。

彼が先に仕事を終え帰ろうとする。「待って!」と言いたかった所だが帰ってしまった。それを追いかけ自分も残業を終える。

「もういないだろう。」エレベーターで下に降りいつもの道を帰ろうとすると、彼が他の職場の人とエレベーターから降りてきた。

「お疲れ!」と一緒に居た人達に言うと、

「今日も帰ります一緒に。」と純粋な笑顔で声を掛けてきた。

「帰りましょう。」何故か今日何か伝えなきゃという想いに駆られて咄嗟に「先輩って高校の時吹奏楽部だったんですよね?私パーカッションしてました!」と引きつった声で話しかけた。

どうしてか沈黙になり、何か悪い事でも言ったのだろうかと思った時だった。

「僕も高校の時吹奏楽部で……。」

 

 

次の日から彼は仕事に来なくなった。

噂では、病気持ちだったとかで辞めた、だとか……

 

 

ピアノの音色を聴くと思う。

「貴方が今日も元気であります様に。」