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わからないバトン

作・ひらの

 

「ななちゃん、帰っちゃった」

 うらめしそうに、帰宅した娘に言われた。胸がチクリと痛んだ。

「私のお家であそびたかったんだって。」

 

 さっき、娘と娘の友人のななちゃんが、我が家のピンポンを鳴らしたが、生憎夫は二日酔いで寝ていたし(平日激務なのもある)、私も昼寝をしたかったのでやんわり断った。すると、いつも怒りっぽいななちゃんは、スネて帰ってしまったというわけだ。

 とっさに、ななちゃんを悪く言うのは良くないな、と思ったので

「だって、しょうがないじゃない。お父さん体調悪くて寝ているでしょう。そうじゃなければ別に家にあがっても良かったけど。」

と、私も不服そうに言うと、ますます娘の表情はくもり、下を向いてしまった。しまった、と思った。本当は、ただ私は眠たかったのだ。それを、夫を口実に断ったのを自覚している。さらに、娘は何も悪いことはしていなくて、ただ親の都合と友人のキゲンにふりまわされているだけなのだ。

「まあ、(娘)ちゃんは悪くないんだけどね。」なんてフォローはしてみるけれど、もう遅い。

 娘の恨み口を言いたくなる気持ちもわかる。私のずるさもわかっている。でも私は、口を「へ」の字に結んだまま、何と言ったら娘を笑顔にしてあげられるかわからずにいた。

 

 LINEの着信が鳴り、ななちゃんのお母さんから「ごめんね、また公園であそぼう。」というメッセージが届いた。娘の顔が、パッと花が咲いた様に明るくなって、家から飛び出して行った。

 

 眠気はすっかり消えてしまい、娘を一瞬で笑顔にするのは、ななちゃんであることがわかった。ねぼけまなこの夫がやってきて、「どうしたの?」と言われたけれど、答えなかった。次、わからないのはあなたの番です。